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【アラベスク】  第3章 盲目Knight



第4節 夏が始まる [3]




「敵が増えるのもわかるよね」
 観覧席で、終始剣呑な視線を浴びる美鶴の横。涼木が面白そうに口を開く。
「金本くんも山脇くんも、イイ男だもん。こういう男を持つと、大変だねぇ〜」
「私のモノじゃない。欲しけりゃ持ってって」
「冗談でしょうっ」
 両手を広げて涼木が目を丸くする。
「こっちはコウ一人で精一杯だってば」
「あら、こんにちは」
 背後から声を掛けられ、涼木はひょいっと振り返る。釣られるように、美鶴と瑠駆真も振り返る先に、少女が三人、勝気そうな笑みで見下ろしてくる。
「あら? そちらは大迫さん。あなたのような方がバスケットの試合を観戦なさるなんて、意外でしたわ」
 どういう意味じゃ
 答えないままムスッと睨み返す美鶴の表情に気を良くしたのか、相手はクツクツと声をあげる。
 そうして視線は涼木へ―――
「それにしても、天使様がご一緒とは、これも意外ですわね。仲がよろしいの?」
「まぁね」
 このような皮肉など、聞き慣れているのだろうか? 大して気を荒立たせる様子も見せない涼木。
 そんな態度につまらなさそうな視線を投げ、少女たちは適当にその場を去っていった。
「天使様って?」
 瑠駆真の言葉に、涼木は上目遣いで肩を竦める。
「私の名前」
「え? 名前?」
 名前?
 名字は涼木だけど………
 美鶴は記憶を辿る。
 確か蔦は、"ツバサ"と呼んでいたはずだ。てっきり涼木ツバサというのが名前だと思っていたが―――
「天使って名前なの?」
 目を丸くする瑠駆真に、涼木は視線を泳がせる。
「いや、天使じゃなくって―――」
 言いにくそうに言葉を(よど)ませ
「―――エンジェル」
「え?」
 二人の聞き返しに、涼木は口を尖らせた。
「エンジェル。聖なる翼の人って書いて聖翼人(えんじぇる)
「…………」
 しばし絶句。
 最近は奇天烈な名前が溢れていると言うが、聖なる翼人で聖翼人とは………
 涼木聖翼人
 大層な名前だな………
 二人の視線が居心地悪いのか、涼木は乗り出すようにコートへ視線を落す。
「あっ ウチの学校だ。始まるよっ」
 指差す先で、蔦や聡が片手をあげる。他の部員もお気楽な余裕で手を振っていた。
「ずいぶんと余裕だなぁ」
「よくここまで勝ち上がってこれたものよねぇ」
「やる気とその気って、大事なんだな」
「その気にさせりゃあ、人間って結構な力が出せるモンなのよ」
「その気だけでここまで来れたら、大したものよ」
「実際、本当に勝つ気なの? 相手って去年の県大会優勝校でしょう?」
「まっ 無理だな」
「でも本人達は、勝つ気らしいよ」
「アホ」
 実際、本人達は勝つ気だったらしい。だが世の中、そんなに甘くはない。強豪相手に善戦はしたものの、結局唐渓高校は美鶴の目の前で敗退した。
 試合会場を後にしながら、イイところを見せることができなかったと、聡は隠すこともなく悔しがり、その横で瑠駆真が妙に喜んでいる。
 そんな二人にうんざりと大きなため息を漏らす美鶴の遥か後方で、銀縁のメガネがキラリと光った。

「くだらない」

 バスケットボールなどといった、一般庶民が品も無くギャーギャーと喚きたてるスポーツなど、唐渓には相応(ふさわ)しくない。
 だが、いかに強大な発言力を持つ浜島(はまじま)でも、たかがそれだけの理由で部を一つ潰すことなど、できはしない。

「だが、いまに―――」

 今にきっと唐渓を、上流階級の青少年が通うに相応しい学校に、仕立て上げてみせる。
 そうだ。この世には、そういった場所が必要だ。これ以上の犠牲を出さない為にも………
 浜島は、その薄い唇をギュッとかみ締め、細身の後姿を睨みつけた。
 大迫美鶴―――
 ここは、君のような人間のために用意された場所では、ないのだよ。







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